
もし中国が、レアアースの輸出を本当に止めたら──
日本の産業は、どこまで耐えられるのでしょうか。
前回の記事
「中国のレアアース輸出規制が完全ストップしたらどうなる?最初に困る産業ランキング」では、
モーター産業をはじめ、日本が直撃を受ける産業の“順番”と“深刻度”を整理しました。
では次の疑問は、自然とここに行き着きます。
「代替技術(脱レアアース)はあると言われているが、本当にそれだけで乗り切れるのか?」
実は、日本は過去にも同じ危機に直面しています。
2010年、尖閣諸島沖の衝突事件をきっかけに、中国がレアアース輸出を事実上制限した時です。
あの時、日本企業は官民一体となって
- 「レアアースを使わない技術」
- 「重レアアースに依存しない磁石」
- 「都市鉱山によるリサイクル」
といった代替策を次々と生み出しました。
それにもかかわらず──
なぜ2026年の今、私たちは再び
「中国が止めたらどうなるのか?」
という不安を抱えているのでしょうか。
本記事では、
2010年の教訓を振り返りながら、
代替技術が「普及しなかった本当の理由」と、
今回は何が決定的に違うのかを、
投資家目線で検証していきます。
※第1弾では、産業別に「どこが最初に止まるのか」を整理しています
→ 中国のレアアース輸出規制が完全ストップしたらどうなる?最初に困る産業ランキング
① 2010年、中国のレアアース輸出規制で何が起きたのか
今から約15年前の2010年、日本は一度すでに
「中国がレアアースを止めたらどうなるのか」
という現実に直面しています。
当時は現在ほど「経済安全保障」という言葉も一般的ではなく、
多くの企業にとってレアアースは
安定して調達できる“当たり前の材料”でした。
その前提が、一つの事件をきっかけに、突然崩れます。
尖閣諸島沖衝突事件と突然の供給不安
2010年9月、
尖閣諸島沖で発生した日本の巡視船と中国漁船の衝突事件を境に、
日本向けのレアアース供給に異変が起きました。
中国政府は、公式には
「日本向けレアアースの輸出を禁止する」
とは発表していません。
しかし現実には、
- 通関手続きが止まる
- 出荷が遅延する
- 日本向けだけが事実上届かなくなる
といった状況が相次ぎ、
結果として、日本向けの供給はほぼストップしました。
この出来事は、日本企業にとって
初めて真正面から突きつけられた問いでした。
「レアアースは、中国が止めようと思えば止まる」
それまで意識されてこなかった
中国への過度な依存構造が、
一気に“リスク”として可視化された瞬間だったのです。
当時の市場と産業界の混乱
供給不安が表面化すると、
市場と産業界はすぐに反応しました。
まず起きたのが、レアアース価格の急騰です。
ネオジムやジスプロシウムといった主要品目は、
短期間で数倍に跳ね上がりました。
その影響を最も強く受けたのが、
- モーターを扱うメーカー
- 電子部品・精密機器メーカー
といった、製造業の中核企業です。
「材料が手に入らなければ、製品が作れない」
「このままでは、生産ラインが止まる」
現場では、そうした切迫した声が一気に広がりました。
特に印象的だったのは、
“まだ止まっていないのに、すでに不安が支配していた”という点です。
先が見えない。
いつ再開するのか分からない。
代替調達の道筋も見えない。
この一連の出来事は、のちに
「レアアースショック」と呼ばれるようになります。
資源そのものが枯渇したわけではないにもかかわらず、
「依存している」という事実だけで、
市場心理と供給網が同時に揺さぶられた点が特徴でした。
この空気感は、
現在のレアアースを巡る報道や市場の反応と、
どこかよく似ています。
👉 「完全ストップは本当に起きるのか?」
👉 「もし起きたら耐えられるのか?」
2010年、日本はすでに一度、
この問いに直面していたのです。
② 日本は本当に「代替技術」を手に入れたのか
2010年のレアアースショックを受け、日本はただ混乱するだけでは終わりませんでした。
官民を挙げて、「中国に依存しない技術」を本気で模索し始めたのです。
この章では、当時どのような代替技術(脱レアアース)が生まれ、
どこまで実用段階に到達していたのかを整理します。
結論を急げば、
日本は“技術的には”確かに代替手段を手に入れていました。
重レアアースを使わない磁石の開発競争
最も切実だったのが、
モーター用ネオジム磁石に不可欠とされていた
重レアアース(ジスプロシウム)への依存です。
当時、耐熱性を確保するためにはジスプロシウムが必須とされており、
その供給を中国に大きく依存していました。
この課題に真正面から挑んだのが、
- 信越化学工業(4063)
▶️重希土類の使用量を半減する独自の「粒界拡散法」という技術を開発 - 日立金属(現・プロテリアル)
▶️EV(電気自動車)モーター向けに、ジスプロシウムなどの希少レアアースを使用しない高性能な磁石の開発 - TDK(6762)
▶️重レアアース(ジスプロシウム)の使用量削減や完全不使用を実現する先進的な磁石技術の開発
といった日本の素材・部材メーカーです。
各社は、
結晶構造の制御や粒界拡散技術などを駆使し、
ジスプロシウムの使用量を大幅に削減、
あるいは使わない磁石の開発を競い合いました。
技術的には確かな進展があり、
「重レアアース依存は減らせる」という手応えは、
この時点ですでに得られていたのです。
ホンダ(7267)×大同特殊鋼(5471)の衝撃
代替技術(脱レアアース)の到達点を象徴する出来事が、2016年に起きました。
ホンダ(7267)と大同特殊鋼(5471)は、
重レアアースを一切使わない磁石を、
ハイブリッド車用の駆動モーターに採用したと発表しました。
ホンダと大同特殊鋼の事例:
2016年に発表された「重レアアース完全フリー磁石」の採用車種は「フリード」でした。
これは単なる研究成果ではなく、
実際の量産車に搭載されたという点で、世界に強い衝撃を与えました。
「重レアアースなしでも、
自動車用モーターは成立する」
このニュースは、
日本の代替技術が理論ではなく、実用段階に到達していたことを示す象徴的な出来事でした。
少なくとも技術面では、
「できない」という言い訳は通用しなくなった瞬間だったと言えます。
都市鉱山(リサイクル)というもう一つの答え
もう一つの重要な選択肢が、
いわゆる「都市鉱山」です。
三菱マテリアル(5711)などを中心に、
廃家電や使用済み電子機器からレアアースを回収する技術が進められました。
これは、
- 新たに採掘しなくても
- 国内に眠る資源を活用できる
という意味で、大きな希望を与えました。
「資源は、海外から持ってくるものだけではない」
「国内にも、掘り起こせる可能性がある」
そうした発想の転換が、
レアアースショック後の日本で現実の技術として形になっていったのです。
③ それでも、なぜ「普及しなかった」のか3つの理由
2010年のレアアースショックをきっかけに、
日本は確かに「代替技術」を手に入れました。
それにもかかわらず、
2026年の今もなお、私たちは
「中国が止めたらどうなるのか?」という不安を抱えています。
その理由は、
技術の失敗ではありません。
もっと現実的で、もっと厄介な問題でした。
①最大の壁は「コスト」だった
代替技術が直面した、最初で最大の壁。
それはコストです。
2010年当時、レアアース価格は急騰しました。
そのため、多少高くても
「レアアースを使わない技術」に価値がありました。
しかし、その状況は長く続きません。
中国が供給を再開すると、
レアアース価格は徐々に落ち着き、
やがて以前と同水準、あるいはそれ以下にまで低下しました。
一方で、脱レアアース技術は――
- 製造工程が複雑
- 歩留まりが低い
- 設備投資が必要
といった理由から、
どうしてもコストが高くなりがちでした。
企業にとって現実的な選択肢は、
次第にこうなっていきます。
「技術的にはできる。
でも、今は安い中国産を使った方が合理的だ」
結果として、多くの企業が選んだのは
“安全”ではなく、“安さ”でした。
②性能の壁:「やっぱりレアアースが必要だった」
もう一つの大きな壁が、性能です。
レアアースを使わない磁石の代表例として、
フェライト磁石があります。
確かに、
レアアースを使わずにモーターを動かすことはできます。
しかし、
- 出力が弱い
- サイズが大きくなる
- 効率が落ちる
といった課題がありました。
特に問題になったのが、
EVや産業用ロボットなどの最先端分野です。
これらの分野では、
- 高出力
- 小型・軽量化
- 高効率
が同時に求められます。
結果として、
「結局、ここではレアアースが必要だ」
という結論に戻ってしまうケースが少なくありませんでした。
皮肉なことに、
技術が進めば進むほど、
レアアースへの依存が“復活”する分野もあったのです。
③危機が去ると、投資は止まる
もう一つ、見過ごせない現実があります。
それは、
危機が去ると、投資も止まるという事実です。
レアアースショック直後は、
企業も政府も、本気でした。
しかし、価格が落ち着き、
供給が回復すると、
この問題は次第に「過去の話」になっていきます。
- 緊急性が薄れる
- 予算が削られる
- 優先順位が下がる
その結果、脱レアアース技術は
量産・普及のフェーズに進むことができませんでした。
研究室や実証段階で止まり、
“いざという時の技術”として引き出しにしまわれたまま、
時間だけが過ぎていったのです。
不都合な真実
レアアース問題は「コロナ禍のマスク」と同じ構造だった
レアアース問題は、
コロナ禍で起きたマスクの供給混乱と、
驚くほどよく似ています。
平時には、こう言われました。
「国産は高い」
「海外から安く買える」
「わざわざ自前で作る意味があるのか?」
これは、マスクだけの話ではありません。
レアアースでも、まったく同じ空気が支配していたのです。
コロナ禍における「マスク」の現実
平時
- 国産はコストが高い
- 海外(主に中国)から安価に調達できる
- 「自前で作る意味ある?」という空気が広がる
有事(コロナ初期)
- 突然、供給が止まる
- 価格が一気に跳ね上がる
- 国産回帰・増産が急速に進む
危機が去ると
- 市場価格は落ち着く
- 再び「高い国産」は敬遠される
- 設備投資や支援は縮小されていく
レアアースでも、同じことが起きていた
平時
- 中国産レアアースが圧倒的に安い
- 「代替技術はあるが高コスト」
- 採用はごく一部にとどまる
有事(2010年 レアアースショック)
- 供給不安で価格が急騰
- 代替技術が一気に脚光を浴びる
- 官民一体で研究開発が進む
危機が去ると
- 価格は下落
- 再び中国依存へ回帰
- 代替技術は“引き出し”に戻される
問題の本質は「技術」ではない
ここで、はっきりします。
問題の本質は、
技術がなかったことではありません。
問題だったのは、
平時に「備え」にコストを払う覚悟があったのか
という点です。
有事になってから
「なぜ用意していなかったのか」と問うのは簡単です。
しかし平時には、
- 高い
- 採算が合わない
- そこまでのリスクは低い
という理由で、
備えは後回しにされてきました。
④ では2026年の今、状況は何が違うのか
2010年のレアアースショックは、
「一度きりの特殊な出来事」として処理されました。
しかし2026年の今、
同じ判断は通用しなくなっています。
理由は明確です。
産業構造そのものが、レアアース依存を前提に組み替わってしまったからです。
EV・ロボット・防衛で「逃げ場」がなくなった
まず決定的に違うのが、
レアアースを大量に使う産業の“重み”です。
- EV(電気自動車)の急拡大
高効率モーターには高性能磁石が不可欠
レアアースは「代替可能」ではなく「前提条件」になった - 産業ロボット・フィジカルAIの普及
小型・高出力・高精度が同時に求められる世界
磁石性能の妥協=競争力の喪失 - 防衛・安全保障用途の増加
レーダー、誘導装置、通信機器
「止められない用途」が確実に増えている
2010年当時は、
「一部の産業が困る」問題でした。
2026年の今は、
止まれば国の産業基盤そのものが揺らぐ段階に入っています。
今回は「価格が戻っても元に戻れない」
かつては、こう考えられていました。
「そのうち価格は落ち着く」
「安くなったら、また中国から買えばいい」
しかし今、その発想は成り立ちません。
- 地政学リスクが一時的な例外ではなく、常態になった
- 規制・制裁・輸出管理が「政策カード」として常に存在する
- 供給が止まるリスクそのものが、企業価値を左右する
つまり現在は、
「価格が安いかどうか」よりも
「安定して手に入るかどうか」そのものがコスト
になっています。
安くても、止まる可能性がある。
それはもはや「安い資源」ではありません。
代替技術は「保険」から「前提」へ
2010年の日本の代替技術は、
“万が一の保険”という位置づけでした。
使えたらラッキー。
基本は中国産を使う。
しかし2026年の今、
立場は完全に逆転しつつあります。
- 使うかどうか、ではない
- 使えなければ、事業が成立しない
- 調達戦略そのものが競争力になる
代替技術は、
「非常時の選択肢」
ではなく、
「事業を続けるための前提条件」
へと変わり始めています。
⑤ 結論:日本は代替技術だけで対応できるのか?
結論から言えば、
日本は「代替技術だけ」で、すぐに完全対応できる状態にはありません。
しかし同時に、
2010年と同じ場所に立っているわけでもない、というのが正確な答えです。
短期:完全対応は難しい
もし中国のレアアース輸出が、
突発的に・全面的に止まった場合、
- モーター用高性能磁石
- EV・ロボット向け部材
- 一部の電子・精密機器
といった分野では、
供給の目詰まりは避けられません。
代替技術は存在しますが、
- 量産体制
- コスト
- 供給スピード
の面で、
短期的にすべてを置き換えるほどの余力はない、
というのが現実です。
中期:2010年よりは確実に前進している
一方で、2010年と決定的に違う点もあります。
- 重レアアース削減・フリー技術は実用段階まで到達している
- 都市鉱山・リサイクルは技術として確立している
- 危機が「一過性ではない」ことを、産業側が理解し始めている
つまり日本は、
「作れるかどうか分からない代替技術」
ではなく、
「作れるが、どう使い続けるかが問われている技術」
を持っている状態にあります。
本当に重要なのは「技術」ではない
ここで、最も重要な視点に立ち戻る必要があります。
問題の本質は、
技術があるか、ないかではありません。
- 高くても使い続ける覚悟があるか
- 平時から量産・採用を前提にできるか
- 「安さ」より「止まらないこと」を選べるか
つまり問われているのは、
「代替技術を使い続けられる構造を作れるかどうか」
です。
なぜ「モーター産業」が最重要なのか
この視点に立つと、
「中国がレアアース輸出を止めたら、日本はどこから壊れるのか」
その答えが、はっきり見えてきます。
モーターは、
- EV
- 産業ロボット
- フィジカルAI
- 防衛・インフラ
といった、すべての成長分野の“心臓部”です。
そして同時に、
レアアース依存から最も逃げにくい分野でもあります。
だからこそ──
日本が代替技術を
「本気で使い続けられるかどうか」
その試金石は、
モーター産業に最も早く、最も厳しく現れるのです。
🔗 もし中国のレアアース輸出が完全に止まった場合、
最初に深刻な影響を受ける産業はどこなのか?
その“順番”と“理由”を整理した記事はこちらです。
まとめ|2010年の教訓は「技術だけでは足りない」
2010年のレアアースショックで、
日本はすでに一度、技術的な正解に辿り着いていました。
重レアアースを使わない磁石。
リサイクルという都市鉱山。
代替技術(脱レアアース)そのものは、確かに完成していたのです。
それでも普及しなかった理由は、明確でした。
- 中国産レアアースの価格低下
- コストを優先せざるを得ない市場原理
- 危機が去ると止まる投資
技術はあっても、使い続ける「構造」がなかった。
そして2026年の今、
同じ問いが、より重い形で突きつけられています。
今回は、
技術だけでなく、政策・産業構造・安全保障
すべてが同時に問われている局面です。
代替技術を
「非常時の切り札」で終わらせるのか、
それとも
「使い続ける前提」に引き上げられるのか。
その答えは、
モーター産業をはじめとする現場に、
最も早く、最もはっきりと現れていくでしょう。



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