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バイト大好きだった学生時代:20歳で資金は貯まっていた。

投資家としての私の原点は、中学生の頃の新聞配達にあります。

高校時代はさらにバイトに明け暮れ、夕方16時からはダイエーの食品売り場、夜22時からはゴルフ場の打ちっぱなしで球拾い。

当時はすべて現金支給。給与袋をそのまま机の引き出しに放り込んでいました。
高3の頃には、引き出しの中に100万円以上のお札が普通に入っていました。

高1の時、最新PC98シリーズのパソコンを買ったり、高2でゼファー(単車)を買ったりもしましたが、残った資金が私の投資人生の「種銭」となりました。

20歳、300万円を手に証券会社の門を叩く

日本生命に勤める先輩の勧めで、大和証券で運用をスタート。
まだネット証券が普及しきる前、窓口や電話、そして出始めたばかりのiモードで注文を出していた時代です。

今の投資家には信じられないかもしれませんが、当時は手数料がとにかく高かった。
売買するたびに、片道だけで3,500円ほど引かれるのが当たり前。往復すれば7,000円です。
1ティック(1株単位)の抜き差しで利益を出すなんて到底無理な話で、一回一回のトレードには今とは比べ物にならない「覚悟」が必要でした。

だからこそ、その後に登場した「イー・トレード証券」の衝撃は今でも忘れられません。
手数料1/10程度になり、個人が自由に相場に参入できるようになった「革命」の瞬間を、私はリアルタイムで体験しました。

17年間の公務員生活と、親への想い

実は公務員時代、すでに給料より株での収入のほうが多くなっていました。
ずっと専業でやりたい気持ちはありましたが、両親が「公務員になったこと」を何より喜んでくれていた。だから、親が生きてる間は辞めずにいようと決め、17年間勤め上げました。

両親を他界で見送ったとき、ようやく踏ん切りがつき、専業投資家となって今に至ります。

経歴だけ見れば、泥臭くて面白くない人生かもしれません。
でも、激動の相場を30年以上生き抜いてきた自分は褒めてあげたい(笑)
このブログでは、そんな私の「生き残るための投資」を綴っていきます。

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